盛川 川口橋付近
昭和15年頃 フィルム6×4.5cm

「舟人」「砂利取り舟」と記された、これらの写真は三枚撮影されており、祖父が強い関心を持って記録していたことが窺えます。木造の「かっこ舟」には男性が一人、中央部に砂利と鋤簾(じょれん)のようなものが積まれている事、そしてカゴのような漁具が船上に見られない事などから、私個人の推測ではありますが、この写真は川砂利の採取の様子を記録した写真と思われます。
ここでは三枚の記録写真を手がかりに、当時の作業の様子と盛川の風景を想像してみます。
護岸側面からは杭が横方向に伸びており、結ばれた細いロープの先には船体後部が繋がれています。「杭」は陸上からは手が届かず、逆に船上からは届くような位置にあります。舟に乗ったままで係留・離岸ができるように作られていることから、この場所は停泊地というよりは一時的な係留ポイントのように思えます。






これら三枚の写真は『シロウオ漁』と同じく昭和15年頃の撮影と推定され、遠方に写る川岸には「梁」を思わせる興味深い構築物が見受けられます。収納されているアルバムにも対をなしてレイアウトされていることから、祖父がこれらを「盛川河口域の象徴的な営み」として捉えていた可能性があります。


関東平野を流れる多摩川流域では、江戸時代から人力による砂利採取が行われていた記録があり1、羽田猛 著「中原街道と武蔵小杉 : 写真で綴る周辺の今昔」23には、人夫が腰まで水に浸かりジョレンを使って舟に揚げる様子が描かれています。また増水期である夏から秋にかけて砂利が下流へ流されて堆積するため、砂利採取の最盛期は冬であり、農閑期の小作人が多く従事していた事も記されています。
写真の内容についてご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひ情報をお寄せくださると嬉しいです。
写真の「かっこ舟」については大船渡市史4で詳しく解説されています。「砂利取り舟」はどの舟か?是非ご覧になってみてください。




























