第一虎丸

昭和2年頃 大船渡港 茶屋前埋立地

ガラス乾板 12×16.5cm

一隻の帆船

 『昭和初めの大船渡港』『トラ丸荷役』と記された、当館所蔵の二枚のガラス乾板。これらの写真には、岸壁に係留された一隻の帆船と、荷役の様子が写されています。
 長い間、この船の来歴は不明のままでしたが、散逸していた収納袋を調査するとともに写真の細部を検証した結果、船の実像が明らかになりました。

写真A 昭和2年頃の茶屋前埋立地。乾板に記された内容は、以下の通り。
「森田」
「昭和初期の茶屋前埋立岸壁」
「昭和初めの大船渡港」
「トラ丸荷役」
 この写真と非常によく似た写真が、地域の写真集など複数の既刊資料に掲載されています1。しかし細部を観察すると帆船の周囲に写る小舟の位置が異なることから、同一写真ではなく、「同時期に撮影された別写真」である可能性が高いと考えられます。
 また、既刊資料では撮影時期について「昭和二年(銘)」と記されており、当館所蔵の写真についても同時期に撮影されたものと考えられます。
 乾板に「荷役」と記されている事、後述する写真が荷役作業の様子を記録したものである事から、【写真A】に写る船と資材は「荷役作業が始まる直前の様子」を捉えたものと考えられます。
a-① 岸壁に並べられた資材。角材や丸太のほか、大小の木箱などが置かれています。
木箱には「岩手」「気仙」「天地無用」と読める文字も確認できます。
a-② 船と岸壁の間には丸太が渡され、荷役のための仮設の通路が設けられています。丸太は4本ほど並んでいるように見え、中央の2本と両端の2本で向きが逆になっているようにも見えます。
a-④ 石垣積にセッカを使用して土止めを施したとされる岸壁2。潮の跡が残っており、撮影された時間帯が干潮時であったことがうかがえます。
a-⑤ 家屋の屋根に見られる突起状の意匠。同様の意匠が数軒に確認できます。
写真B カメラは船の近くへ移動し、荷役の様子を捉えています。
乾板および収納袋には、それぞれ「トラ丸 荷役」「東京行 虎丸 荷役」と記されています。

手がかり

 写真a-③では「虎丸」と読める文字が確認できます。一方、b-①ではローマ字で「DAIICHI TORA MARU.」と記されていることから、写真に写る船は「第一虎丸」であると判断できます。
 そこで、日本船名録を用いて「第一虎丸」という船名の帆船を、昭和2年を中心に前後約10年間にわたり調査したところ、以下の二隻が該当しました。

番号船名帆装総トン数所有者
25414第壹虎丸ラッガー58帝国炭業(株)
15986第壹虎丸スクーナー199塩原副
※「壹」は数字の「一」の大字。
※所有者名は昭和3年版の内容を記載しています。
a-③ 左舷には「虎丸」の二文字が確認できます。画面左側にある黒い帯状の構造物は、左右両舷に対称形のものが見られます。
b-① 右舷に確認できる『DAIICHI TORA MARU.』の文字。

帆装の比較

 日本船名録大正4年版には、帆装が図解で示されています3。そこに描かれている「ラッガー」は写真の船とは形状が大きく異なり、一致しません。一方、「三本檣トップスルスクーナー」と比較すると、帆の形状がほぼ一致します。

 以上のことから、写真の船は塩原副(そゆる)所有の機帆船『第一虎丸』4である可能性が高いと考えられます。

b-② 3本のマスト。フォアマスト(船首側)には左右に伸びるトップスル(横帆)が確認できます。
第一虎丸は初代(木造機帆船)と2代目(鋼製汽船)の2代に渡り建造されていますが、本記録の船は木造機帆船である初代第一虎丸です。 

第一虎丸と塩原副

 明治末期以降、塩原氏はグアム島の「清水商会」で帆船の船長として南洋貿易に従事していたとされています。第一虎丸は塩原氏自らの設計によるものとされ、大正元年(1912年)、現在の三重県鳥羽市にあった江崎造船所 ※1 で建造されました。大正10年、塩原氏は同商会の事業を引き継いでいた南太平洋貿易株式会社から「第一虎丸」をはじめとする所有船三隻を引き受け、「塩原海運商会」として独立しました6

木材輸送

 小説『昭和の八幡船』(昭和18年刊)は、塩原氏本人への聞き取りをもとにしたとされており、塩原氏と第一虎丸の生涯が描かれています。その中に、独立後の塩原氏について次のような記述があります。

「塩原氏は引き受けた三隻をもって、カムチャッカの鮭漁船やベーリング海峡の砂金鉱区探検船として傭船に出したり、伊豆沿岸・東京間の石材輸送、三陸・東京間の木材輸送に従事させたりした。
他の二隻を失った後も、虎丸一隻で三陸・東京間の木材輸送に従事した。

 第一虎丸が三陸・東京間の木材輸送に従事していた――この記述と符合するような情報を、乾板に写る木材に見ることができます。そこには以下の文字が記されています(□は判読できない)。

  • 「□□撰」(上部)
  • 「東京□揚」(中央)
  • 「飯塚製材所」(下部)


 「飯塚製材所」は当時の大船渡村に実在した製材所であり7、大船渡で製材された木材が、第一虎丸によって東京へ輸送されていた可能性が考えられます。

b-③ 木材に記された文字(見やすくするため画像を回転、加工しています)。
b-④ 岸壁と船の間に渡された丸太の上で、ブーム(荷役用の腕木)から貨物が吊り上げられている様子。荷役を行う人物の背中には「丸に中」の紋が確認できます。
吊り上げられているのは金属製と思われる円盤状の物体で、船体がわずかに傾いているようにも見えることから、相当な重量物であったことが想像されます。これが機械部品なのか、あるいは船を安定させるためのバラストなのかは判然としませんが、もしご存じの方がいらっしゃいましたらご教示いただければ幸いです。

蘭印への渡航

 昭和5年(1930年)、塩原氏と第一虎丸は蘭印(オランダ領東インド、現在のインドネシア)へ渡航し、セレベス島メナード(現在のスラウェシ島マナド)を拠点として、蘭印各地の港を結ぶ沿岸輸送に従事しました。戦時期の回想によれば、主な貨物にはコプラや砂糖などがあり、積荷の多くは華僑商人の貨物であったと記されています8

 小説『昭和の八幡船』によれば、老朽化した初代第一虎丸は昭和10年頃に現役を退き、その後スラバヤで売却されたとされています。なお、日本船名録では昭和14年版まで記載されています。

 遠く鳥羽の地で生まれた機帆船は、三陸の海を往来し、やがて南方へと航路を延ばしました。その姿を記録した二枚のガラス乾板は、昭和初期の大船渡港の姿とともに、一隻の船の記憶を今に伝えています。

その後、「第一虎丸」の名は2代目(鋼製汽船)へと引き継がれ、後に外交文書に航跡を残しています。『小林特派使節携行対蘭印交渉方針案(昭和15年8月27日 閣議決定)』には、『在「スラバヤ」塩原副経営第一虎丸』と記されています9

 

第一虎丸が碇泊していた茶屋前岸壁(2026年3月12日撮影)。

参考文献

  • 岸井紫浪 著『昭和の八幡船』、錦城出版社、1943年。国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1134054
  • 日本船名録 各年版

注釈
  1. 江崎造船所は寛延元年(1748)創業とされ、鳥羽で最も古い歴史を持つ。初期には千石舟などの和船を建造していたが、明治中期には洋式木造帆船の建造技術を導入し、鳥羽の造船界の近代化に大きな役割を果たした(『鳥羽市史』5より)。[]

出典

  1. 大船渡市立博物館 編『写真にみる気仙 : 明治・大正・昭和初期』、大船渡市立博物館、1991年、p.76。国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13227655
  2. 大船渡まちなか昭和史研究会「大船渡まちなか昭和史 ―渋沢栄一も夢見た大船渡の発展―」イー・ピックス、2021年、p.53。
  3. 逓信省管船局 編『日本船名録』1915年、帝国海事協会。国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/941509
  4. 神戸海運集会所出版部 編纂『神戸海運集会所日本船舶レヂスター : 1930』、神戸海運集会所出版部、1930年。国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1907545
  5. 鳥羽市史編さん室 編『鳥羽市史』下巻、鳥羽市、1991年、p.676、p.1078。国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13219639
  6. 塩原進「オーストラリア抑留行 (2) : 西部ニューギニア在留邦人抑留者の記録」『太平洋学会学会誌』(66/67)、太平洋学会、p.11。 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/10495052
  7. 大船渡市史編集委員会 編『大船渡市史』第2巻 (沿革編)、大船渡市、1980年、p.279。 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9570343
  8. 『皇道世界』17(4)、海外之日本社、1943年、p.23。国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1539217
  9. 猪木正道 著『日本政治・外交史資料選』、有信堂、1967年、p.239。国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2982286

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