丸森の夫婦松

大船渡市大船渡町丸森 

昭和9年頃 ガラス乾板12×16.5cm

横位置のカット。北側(向かって左側)が女松、南側が男松。

 旅の道標や休憩場所として親しまれていたこの松は「塚松」とも呼ばれ、一里塚の傍らに二本寄り添うように立ち、その間を旧道(浜街道)が通っていました。圧巻なのは画面いっぱいに伸びる力強い枝葉で、撮影時の樹齢は約250年(1982年発行の文献に基づく推定)、画像に写る人物の大きさから推定すると、高さは約18m、幹の直径は1.5mほどあったようです。

 写真には建物や線路も写っており、そこに撮影意図が伺えます。後の調査で、この写真は大船渡線の開通(細浦~大船渡駅間、昭和9年)を機に、線路の陸側へ移住することになった家族を記録したものであることがわかりました。旅人を見守り続けた夫婦松は、住み慣れた地を離れる家族にとっても特別な存在でした。写真を通じて、原風景の中に伝わる思いをきっと感じて頂けるものと思います。

縦位置のカット。樹木、人物、家屋の位置はそのままに、手前に線路が写し込まれています。

 祖父・多喜治による写真撮影、特に昭和初期のガラス乾板を使った撮影では、一件の撮影が一回のシャッターで完了している「一枚撮り」がほとんどです。その理由は、一つには構図やアオリ(遠近感やピント面の補正)操作、露出の決定など職人技を駆使して一枚の撮影に集中していた事、そしてガラス乾板は高価であり重くかさばるため、携行できる数も保管場所も制約が多かった事が挙げられます。フィルムカメラを導入した後も「最小限の撮影枚数で完了させる」という撮影スタイルは一貫していたように思います。

 『丸森の夫婦松』は祖父の写真では非常に珍しく縦横の構図で二枚撮影しており、この事からも、本記録が単なる風景写真ではなく、鉄道の開通という社会背景と家族の思いが交差する、時代の移り変わりを記録したものである事が伺えます。

写真① 縦位置の構図に写る線路。丘陵が掘削され、線路奥には擁壁、手前には道路が確認できます。

夫婦松についてご存じの方、丸森の風景に思い出のある方は、ぜひお話をお聞かせください。

参考文献

  • 岩手県文化財調査報告書第76集『岩手県「歴史の道」調査報告 浜街道』(岩手県教育委員会 1982年)

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